もちもち、とろーり、ふわふわ

もちもち、もっちり、とろける、とろふわ、とろーり……飲食店やスーパーマーケット、コンビニエンスストアといった食品関係の店舗に足を運んだ際、こういった「柔らかさ」を感じる言葉を見ることは少なくありません。スイーツやパン、ハンバーグなどそのジャンルは多岐に渡ります。マーケティング会社「ビー・エム・エフティー」が2023年に行った「おいしいを感じる言葉」の調査でも、先に挙げた5つの言葉は「食感系シズルワード」ランキングのトップ20に入っています。Z世代の女性を中心に利用者が多いライフスタイル共有アプリ「Lemon8」が行った「食感ワード」人気投票企画でも、トップ10に「もちもち」「とろける」「ふわふわ」がランクイン。また、同アプリにおけるレシピ投稿に特化した分析によると、「なめらか」や「とろける」レシピがよく見られる傾向にあるそうです。

両調査では「サクサク」の人気も高いですが、「とろける」と「とろふわ」のような類似ワードは複数入っています。これらを「とろけるような柔らかい食感」と一括りにして同一のものとして集計したのなら、また結果は違ってきたかもしれません。そもそも、柔らかい食感を表す言葉がここまで多く生まれていること自体が、それを好む人の多さを表しているのではないでしょうか。

柔らかそうなパン
焼き立てのパンはサクサクふわふわ。いい香りがします。

柔らかすぎて手作業だった工程を自動化する「SWITL(スイットル)」

そんな柔らかグルメ大国・日本では、先述した通りスーパーやコンビニでも多くの「とろける」「ふわふわ」系商品が販売されています。これらが棚に並んでいるということはそれを作る工場があるわけですが、「柔らかさの追求」にはその分緻密な作業が要求されます。少し触れば変形してしまうような食材の加工を、機械化することは簡単ではありません。そのため手作業になりやすく、ヒューマンエラーや後継者育成などの課題が長く残されてきました。

新潟県長岡市で食品加工分野を中心とした技術開発やコンサルティングに取り組む「古川機工株式会社(以下、古川機工)」が開発したロボットハンド「SWITL(スイットル)」は、そんな柔らかグルメ製造の課題を解決する技術です。SWITLは「パン生地の移載ラインにて手作業で整列させていた工程を自動化したい」というニーズから2006年に誕生。マヨネーズやケチャップのようなゲル状のものでさえ形を変えずに動かせるその技術は大きな話題を呼び、新聞やテレビなど各種メディアでも複数回紹介されています。日本の技術を紹介するYouTubeチャンネル「ikinamo」にアップされた英語字幕付きのSWITL紹介動画は、2024年1月30日現在で320万回以上の再生回数を記録。話題性だけではなく評価も高く、2015年度には文部科学大臣賞の技術部門で表彰を受けました。

スイットル稼働の様子
ケチャップとマヨネーズを移載する様子。是非動画で確認してください。

こんなところでSWITLが活躍

SWITLの出発点であるパン製造現場では、整形されたパン生地を冷凍機コンベアーに乗せ替える工程でSWITLが導入されました。従来はヘラ等を使って手作業で行っていたものが、SWITL導入により省人化・歩留まり向上に成功。生産性が大幅にアップしました。

柔らかグルメの代表格・ハンバーグの製造でもSWITLは活躍しています。導入した工場では「焼く前の成型したハンバーグ生地を焼成プレートに移載する時、以前よりさらに柔らかさを追求した生地(新規格)の質感が想像以上に柔らかく、全ての作業で生産困難に陥っていました」という課題があったといいます。それがSWITLによってどんなに柔らかな状態でも形を崩す事なく焼成プレートへの移載が可能になり、問題は一挙に解決。さらに省人化・コストダウンなどの分野で飛躍的な改善に成功しました。「以前よりさらに柔らかさを追求」というグルメトレンドに合わせた商品は、SWITLがなければ生まれなかったのです。

柔らかい食感のものが多い、スイーツの分野でもSWITLはもちろん使われています。「もちもち」食感の桜餅のような和菓子から、「とろける」食感の生チョコレートまで。その柔らかさから今まで手作業で行っていた工程の自動化に成功し、私たちが大好きな柔らかグルメの製造を支えています。

柔らかそうなハンバーグ
やわらか食品製造の効率化に欠かせないSWITL

柔らかグルメ製造以外でも重宝

SWITLの活躍の舞台はこういった柔らかグルメ製造だけではありません。先述した通りケチャップでさえ形を崩さずに移動できるその技術は、冷凍ピザの製造などでも重宝されています。

さらに、近年では食品加工の分野を飛び越えて再生医療の分野でも活躍しています。東京女子医科大学先端生命医科学研究所では、シート状の細胞を作製して患部に移植する「細胞シート工学」という概念を提唱し、研究開発を進めてきました。細胞シート工学は再生医療の分野でそれまで主流だった「細胞浮遊液」と呼ばれる液体を注入する方法よりも、細胞の壊死や流出による損失が少ないことが特徴。しかし、培養器材から取り出した細胞シートは厚さが10~30マイクロメートルと非常に薄いものです。そのためピンセットなど鋭利なもので扱うことが難しく、移送する際に折り重なってしまった場合に高い技術が必要になることが課題でした。そこでSWITLの技術を使うことで、細胞シートを瞬時に動かすことが可能になりました。細胞シート工学は既に角膜や心臓、食道などの領域で臨床研究が行われています。さらに、この研究は創薬・疾患研究や培養肉製造の分野への応用も期待されているといいます。これらもSWITLが切り開いた可能性です。その技術は、きっとこれからも多彩な分野の力になっていくでしょう。

冷凍ピザ製造
様々な食品製造に応用されています。

二人三脚での製品開発

SWITLを開発した古川機工は、そのほかにも主に食品加工の分野で活躍する製品を多数開発しています。「ドリップシート・トレイ供給装置」は、食肉などの鮮度保持と氷やけによる見た目の劣化を防ぐ「ドリップシート」をトレイに敷くする作業を自動化するもの。それまでは手作業で行うことが主流でしたがそれが解消され、大幅な効率化が実現します。「バタリングマシーン」は、タレを肉などの両面に均一に塗布するもの。従来の技術では片面にしか塗布することができませんでしたが、これによって生産ラインを大幅変更せずに新企画商品の開発を可能にしました。

これらの製品開発は、まず顧客から現状の課題を丁寧にヒアリングすることから始まるといいます。その後製造ラインを実際に視察し、オリジナル技術と蓄積した技術・発想力から改善策を提案。そこからフルオーダーメイドで「欲しい装置」を開発・製造するというものが一連の流れです。先述した通り、多方面で活躍するSWITLもパン製造の課題解決からスタートしました。

顧客に寄り添って二人三脚で製品を開発しながらも、その高い技術力で多彩な分野の可能性を広げてきた古川機工。新潟のものづくりが私たちの生活とも深く関わっていることを象徴する企業の一つです。

生鮮食品のトレイ
課題を解決する技術力が古川機工にはあります。

ご紹介した製品

当記事でご紹介した製品は「古川機工株式会社」で紹介しています。

※掲載から時間が経っている製品については売り切れまたは生産中止となっている場合があります。ご了承ください。